留守番電話

ホラー

留守番電話に、自分の声が残っていたことはありますか。

自分で録音した覚えはない。
誰かに頼んだ覚えもない。

それなのに、
受話器の向こうから聞こえてくるのは、
間違いなく自分の声。

今回ノクヴェルに記録を送ってきたのは、都内で働く41歳の男性会社員です。

数年前に父親を亡くし、
実家だった古い一戸建てを相続。

それ以来、

一人で暮らしていました。

家には、父親が生前から使っていた固定電話が残されていました。

ほとんど鳴ることはなく、

留守番電話の機能も、
使う機会はほとんどなかったそうです。

ただ、

ある夜。

帰宅すると、
留守番電話のランプが点滅していました。

録音されていたのは、

一件。

再生すると、

聞こえてきたのは、自分自身の声でした。

しかも、

その録音日時は、まだ来ていないはずの時間でした。

以下は、
本人から送られてきた記録です。

ノクヴェル・アーカイブ ― File.011 ―

父が亡くなってから、

私は実家で一人暮らしをしています。

築30年以上の古い家です。

父が使っていた家具も、

食器も、

ほとんどそのまま残っています。

固定電話もそうでした。

古い留守番電話付きの電話機。

今では誰も家の電話にかけてきません。

それでも、

処分する理由もなかったので、

そのまま置いていました。

最初に異変が起きたのは、

火曜日の夜です。

仕事を終えて帰宅したのは、

午後9時を少し過ぎた頃でした。

玄関の鍵を開け、

照明をつける。

いつもと同じ家。

リビングへ入ると、

電話機の赤いランプが点滅していました。

留守番電話。

一件。

珍しいと思いながら、

再生ボタンを押しました。

少し雑音。

そのあと、

男の声。

「今日は、家に帰らないでください」

私は動けなくなりました。

声に聞き覚えがありました。

私の声です。

完全に、

私自身の声でした。

数秒後、

録音は切れました。

最初は、

何かの録音が残っていたのだと思いました。

昔、自分で吹き込んだもの。

あるいは、

父が何かを録音していた。

そう考えました。

でも、

録音日時を確認して、

変だと気づきました。

表示されていたのは、

水曜日 19時14分

翌日です。

今は、

火曜日の夜。

まだ来ていない時間でした。

私は電話機の時計が狂っているのだと思い、

現在時刻を確認しました。

正しい。

日付も合っています。

意味が分かりませんでした。

その日は気味が悪くて、

何度も録音を聞き返しました。

何回聞いても、

私の声でした。

ただ、

内容だけが、

どうにもおかしい。

「今日は、家に帰らないでください」

私は、

すでに家に帰っている。

翌日。

水曜日。

仕事中も、

その留守電のことが頭から離れませんでした。

そして、

19時14分。

私は会社にいました。

仕事はまだ終わっていません。

ふと思いました。

あの録音が残された時刻だ。

私は自宅の固定電話に、

誰も触れられないことを確認したくなりました。

家には誰もいない。

もちろん、

私は会社にいる。

午後9時前、

帰宅しました。

玄関の前で、

少し立ち止まりました。

昨日の声を思い出したからです。

今日は、家に帰らないでください。

でも、

私は鍵を開けました。

中へ入る。

特に異常はない。

安心しかけたとき、

電話機のランプが点滅しているのが見えました。

一件。

再生しました。

私の声。

今度は、

少し息が荒い。

「昨日の電話、聞きましたよね」

そこで一度、

大きく息を吸う音。

そして、

「寝室には入らないでください」

録音終了。

日時。

木曜日 00時26分

また、

未来の時刻でした。

私は、

その夜、

寝室に入りませんでした。

リビングのソファで眠りました。

午前0時を過ぎても、

何も起きません。

0時26分。

何も起きない。

馬鹿らしくなってきました。

でも、

午前1時過ぎ。

寝室の方から、

音がしました。

ミシッ。

古い家なので、

木が鳴ることはあります。

しばらくして、

もう一度。

ミシッ。

次に、

何かを引きずるような音。

私はソファから動きませんでした。

寝室のドアは、

廊下の奥にあります。

見に行くこともできた。

でも、

行きませんでした。

朝。

明るくなってから、

寝室を確認しました。

誰もいません。

物も動いていない。

ただ、

窓が開いていました。

前日の夜、

確かに閉めたはずです。

木曜日。

また留守電が入りました。

「午前1時を過ぎたら、廊下を見ないでください」

私は、

言われた通りにしました。

午前1時。

リビングの照明をつけたまま、

テレビだけを見ていました。

1時12分。

廊下から、

足音。

ゆっくり。

ペタ。

少し間。

ペタ。

裸足のような音。

廊下を、

こちらに向かって歩いてきます。

私は見ませんでした。

音は、

リビングの手前で止まりました。

すぐそこです。

私はテレビだけを見ていました。

数分後。

音は消えました。

朝になってから、

廊下を確認しました。

床に、

濡れた足跡がありました。

寝室から、

リビングの手前まで。

一人分。

そこで途切れていました。

それから私は、

留守番電話を信用するようになりました。

怖かった。

でも、

録音の言う通りにすれば、

何も起こらない。

そう思っていました。

金曜日。

「今日は浴室を使わないでください」

浴室には入りませんでした。

その夜、

排水口から、

人の声のような音が聞こえました。

土曜日。

「午前3時まで、窓のカーテンを開けないでください」

開けませんでした。

午前2時47分。

窓を、

外側から爪でなぞるような音がしました。

家は一戸建て。

その窓は、

2階です。

日曜日。

留守番電話が一件。

再生しました。

今までで一番、

声が震えていました。

私の声。

「次の留守電は、絶対に聞かないでください」

そのあと、

小さな音。

受話器を握り直すような音。

そして、

「何が入っていても、再生しないでください」

録音は終わりました。

私は、

電話機の前から動けませんでした。

数秒後。

また、

赤いランプが点滅しました。

新着 1件

私は、

再生しませんでした。

その日は、

ずっとランプが点滅していました。

夜。

寝る前も、

翌朝も。

月曜日。

仕事から帰宅しました。

ランプは、

まだ点滅しています。

私は電話機を見ないようにしました。

夕食を食べ、

風呂に入り、

テレビをつけました。

でも、

ずっと気になります。

あの中に何が入っているのか。

未来の自分は、

なぜ聞くなと言ったのか。

午後11時48分。

私は、

再生ボタンを押しました。

少し雑音。

そして、

女の声。

「やっと聞いてくれた」

知らない声でした。

私は、

すぐに停止ボタンを押しました。

でも、

止まりません。

電話機の表示は、

再生中。

女の声は続きました。

「ずっと、聞こえていました」

私は、

電源コードを抜きました。

電話線も抜きました。

それでも、

声は止まりません。

「あなたが毎晩、何をしているのか」

「何時に寝るのか」

「どこに座るのか」

私は電話機から離れました。

「どこを見ないようにしていたのかも」

そこで、

録音は終わりました。

その直後。

電話が鳴りました。

電源も、

電話線も抜いてあります。

それなのに、

ベルが鳴っている。

一回。

二回。

三回。

私は出ませんでした。

ベルは、

七回鳴って止まりました。

数秒後。

留守番電話のランプが点灯しました。

一件。

さらに一件。

また一件。

3件。

私は、

もう触りませんでした。

その夜、

リビングで眠りました。

午前2時過ぎ。

目が覚めました。

電話機から、

勝手に音声が流れていました。

最初の録音。

私の声。

「聞きましたね」

次の録音。

「もう、指示しても意味がありません」

そして、

最後の録音。

長い雑音。

その奥から、

私の声。

かなり遠い。

「これを聞いているなら」

そこで、

大きく息を吸う音。

「まだ、そっちにいるんですね」

私は、

意味が分かりませんでした。

そっち?

どこ?

続けて、

録音の向こうから、

音がしました。

鍵。

玄関の鍵が、

回る音。

ガチャ。

次に、

ドアが開く音。

私の声が、

小さく言いました。

「今から帰ります」

録音終了。

同時に。

自宅の玄関から、

音がしました。

ガチャ。

私は、

息を止めました。

鍵が、

ゆっくり回っています。

外からです。

私は、

リビングから動けませんでした。

玄関ドアが、

少し開きました。

廊下は暗い。

誰も見えない。

ただ、

ドアの向こうから、

声がしました。

私の声。

「ただいま」

私は、

裏口から外へ逃げました。

裸足でした。

財布も、

携帯電話も、

家に置いたまま。

近所のコンビニまで走り、

そこで警察を呼びました。

家の中は、

誰もいませんでした。

玄関の鍵にも、

壊された形跡はない。

固定電話は、

電源も電話線も抜けたまま。

留守番電話の録音は、

すべて消えていました。

私は、

その日から家に戻りませんでした。

数週間後、

必要な荷物だけを取りに行き、

固定電話も処分しました。

家は売却しました。

今は、

別の場所で暮らしています。

異常は、

起きていません。

もう、

未来の自分の声を聞くこともありません。

ただ一度だけ。

引っ越してから、

新しい携帯電話に、

留守番電話が入っていました。

知らない番号。

再生時間、

3秒。

内容は、

無音。

最後に、

ほんの少しだけ、

玄関の鍵が回るような音が入っていました。

ノクヴェル保管記録

この記録は、

投稿者が実家を離れてから、

約2か月後に送られてきました。

現在、

投稿者は別の住所で生活しており、

同様の現象は起きていないとのことです。

固定電話は撤去され、

元の家もすでに売却されています。

そのため、

本件については、

ノクヴェルでは保管終了としています。

ただし、

記録整理の際、

一つだけ確認できない点が残りました。

投稿者は、

最後の夜。

固定電話の電源と電話線を、

確かに抜いたと記しています。

その状態で、

複数の留守番電話が再生された。

そこで、

電話会社に残っていた発着信履歴について、

投稿者自身が確認した結果を、

後日教えてくれました。

問題の時間帯。

自宅の固定電話への着信記録は、

0件。

発信記録も、

0件。

にもかかわらず、

一件だけ、

説明できない記録が残っていました。

発信日時。

投稿者が家を出た、

3日後。

発信元。

撤去前の、

自宅固定電話。

発信先。

投稿者が引っ越し後に契約した、新しい携帯電話番号。

通話時間。

0秒。

留守番電話。

1件。

投稿者によれば、

その頃、

新しい携帯電話番号を知っていたのは、

家族と勤務先だけだったそうです。

そして、

その留守番電話は、

現在も消していないとのことです。

内容は、

ほとんど無音。

ただ、

最後の1秒だけ、

男の声が入っています。

小さく、

こう聞こえるそうです。

「着きました」

それ以降、

異常は確認されていません。

ノクヴェル・アーカイブ File.011

「留守番電話」

――保管終了。

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