三人目

ミステリー

事故の直後というものは、
人の記憶が曖昧になりやすいと言われています。

突然の衝撃。

暗闇。

割れるガラス。

誰かの叫び声。

その混乱の中で見たものを、
正確に覚えているとは限りません。

しかし、

別々の場所にいた複数の人間が、
同じことを証言していたらどうでしょう。

今回ノクヴェルに送られてきたのは、ある交通事故に関する記録です。

事故車に乗っていたのは、

男女二人。

警察の記録も、

救急搬送の記録も、

二人。

しかし、

事故現場にいた人たちは、

口を揃えてこう証言しました。

「三人いました」

では、

その三人目は、
誰だったのでしょうか。

以下は、

事故後の調査に関わった人物から提供された記録をもとに、

ノクヴェル側で整理したものです。

ノクヴェル・アーカイブ ― File.012 ―

事故が起きたのは、

11月16日。

午後11時38分。

場所は、

県境に近い山間部を通る県道でした。

片側一車線。

街灯は少なく、

夜になると交通量もかなり減ります。

乗用車が緩い右カーブを曲がりきれず、

道路脇のガードレールに衝突。

そのまま斜面側へ乗り上げ、

横転しました。

乗っていたのは、

運転席の男性。

32歳。

助手席の女性。

30歳。

二人は交際関係にあり、

近隣の温泉地から帰る途中だったことが分かっています。

男性は重傷。

女性は、

搬送先の病院で死亡しました。

ここまでなら、

珍しい事故ではありません。

問題は、

最初の通報でした。

119番へ通報したのは、

事故車の後方を走っていた、

54歳の男性です。

事故直後、

車を路肩に停め、

横転した車へ駆け寄っています。

通報記録には、

次のようなやり取りが残っていました。

「車が横転しています」

「中に人はいますか?」

「いや、出ています」

「何人ですか?」

そこで男性は、

こう答えています。

「三人です」

救急隊が到着したとき、

運転していた男性は、

道路脇に倒れていました。

助手席の女性は、

事故車のすぐ近く。

意識はありませんでした。

しかし、

三人目はいません。

通報者は、

救急隊員に尋ねました。

「もう一人は?」

救急隊員が、

「二人だけです」と答えると、

男性はかなり困惑したそうです。

「いや、いましたよ」

「誰ですか?」

「分かりません。でも、三人いました」

周辺が捜索されました。

道路。

斜面。

林の中。

しかし、

誰も見つかりませんでした。

翌日。

事故を目撃した別の人物がいることが分かりました。

事故現場から約80メートル離れた場所に、

小さな自動販売機コーナーがあります。

そこに車を停めて休憩していた、

24歳の女性です。

衝突音を聞き、

道路へ出た。

そこで、

事故車の近くに、

三人がいるのを見た

と証言しました。

ところが、

最初の通報者とは、

内容が違いました。

通報した男性は、

こう証言しています。

「男が一人と、女が二人」

しかし、

24歳の女性は、

こう答えました。

「男の人が二人と、女の人が一人でした」

人数は同じ。

三人。

でも、

性別が違う。

さらに、

最初に現場へ到着した救急隊員にも、

奇妙な記憶がありました。

隊員は、

事故車へ近づいた直後、

道路脇にいる人影を見ています。

その時点では、

通報者だと思っていた。

しかし、

後から考えると、

通報者は反対側にいた。

「では誰だったのか」

そう尋ねられた隊員は、

こう答えています。

「分かりません。ただ、三人いたように思います」

警察は、

事故車を詳しく調べました。

シートベルトの使用痕。

血痕。

毛髪。

指紋。

車内に残された荷物。

三人目が乗っていたと考えられる証拠は、

ありませんでした。

後部座席には、

旅行用のバッグと上着が置かれていました。

人が座っていた形跡もない。

ドライブレコーダーも回収されました。

車内カメラはありません。

前方のみを撮影するタイプです。

事故の数秒前。

道路。

ガードレール。

対向車はいない。

歩行者もいない。

そして、

車がカーブへ進入。

映像が激しく揺れ、

停止します。

三人目につながるものは、

何も映っていませんでした。

事故から四日後。

運転していた男性の意識が戻りました。

警察が確認したのは、

事故当時の状況です。

速度。

飲酒の有無。

体調。

そして、

同乗者。

男性は、

はっきり答えました。

「二人です」

自分と、

亡くなった恋人。

それだけ。

後部座席には誰も乗せていない。

途中で誰かを拾ったこともない。

ところが、

事情聴取の最後。

警察官が、

目撃者が三人いたと証言していることを伝えると、

男性の様子が変わりました。

しばらく黙ったあと、

こう言いました。

「三人目って」

「もしかして、助けてくれた人じゃないですか」

事故直後。

男性は、

誰かに車から引きずり出された記憶があるというのです。

顔は覚えていない。

性別も分からない。

ただ、

腕をつかまれた。

そして、

道路脇まで運ばれた。

男性は、

その人物を、

後続車の運転手だと思っていました。

しかし、

最初の通報者は否定しました。

「私は、その人を車から出していません」

通報者が車へ近づいたとき、

男性は、

すでに道路脇に倒れていたそうです。

ここから、

事故の調査は、

少し違う方向へ進みました。

事故現場周辺には、

道路管理用のカメラはありません。

ただし、

事故現場から約300メートル離れた場所に、

資材置き場がありました。

その入口に、

防犯カメラが設置されています。

道路の一部が、

画面の端に映っていました。

事故そのものは、

木に隠れて見えません。

しかし、

事故の約3分前。

一台の車が映っています。

事故車です。

そして、

その約40秒後。

もう一台。

白い軽自動車。

警察がナンバーを確認すると、

近隣に住む、

67歳の男性が所有する車でした。

警察が男性に話を聞いたところ、

最初は、

「事故は知らない」

と答えました。

しかし、

防犯カメラの存在を伝えると、

話が変わりました。

男性は、

事故現場を通っています。

しかも、

事故直後に、

一度車を停めていました。

理由を聞かれ、

しばらく黙ったあと、

男性は話し始めました。

事故車が横転する瞬間を、

後方から見ていた。

すぐに車を停めた。

そして、

横転した車へ向かった。

運転席側の窓が割れていた。

中にいた男性が動いていたため、

窓から手を入れ、

シートベルトを外した。

それから、

男性を外へ引きずり出した。

ここで、

運転手の証言と一致しました。

ではなぜ、

67歳の男性は、

現場からいなくなったのか。

本人は、

こう説明しました。

「怖くなったからです」

男性には、

運転免許がありませんでした。

正確には、

半年前、

免許を取り消されていました。

それでも、

日常的に車を運転していた。

事故を目撃し、

反射的に助けに入った。

しかし、

遠くから別の車が近づいてくるのが見えた。

警察が来れば、

自分が無免許運転していたことが発覚する。

そのため、

救助した男性を道路脇に寝かせ、

自分の車へ戻った。

後続車が到着する前に、

その場を離れた。

これが、

「三人目」の正体でした。

ただ、

一つ疑問が残りました。

なぜ目撃者によって、

三人目の性別が違ったのか。

これにも、

理由がありました。

事故当時、

67歳の男性は、

黒いニット帽をかぶり、

妻の薄いベージュ色のロングコートを着ていました。

自宅を出る際、

玄関に掛かっていたものを、

防寒着として適当に羽織ったそうです。

小柄で、

髪は肩近くまで伸びていました。

暗い道路。

遠距離。

事故直後の混乱。

通報者は、

その姿を女性だと思った。

一方、

自動販売機の近くにいた女性は、

体格や動きから男性だと思った。

だから、

証言が分かれた。

「男一人、女二人」

「男二人、女一人」

どちらも、

同じ三人を見ていたのです。

三人目は、

最初から存在していました。

幽霊でも、

事故で消えた人間でもありません。

事故を目撃し、

一人を救助し、

自分の違反が発覚することを恐れて、

その場から逃げた男性。

それが、

事故記録から消えていた三人目でした。

67歳の男性は、

その後、

無免許運転について警察の捜査を受けました。

事故との直接的な因果関係はなく、

救助行為についても確認されました。

運転していた32歳の男性は、

退院後、

自分を助けた人物が判明したことを知らされたそうです。

ここで、

この事故に関する「三人目」の謎は、

解決しています。

少なくとも、

警察の記録上は。

ただし、

事故資料を整理していた人物が、

最後に一つだけ、

妙なことに気づきました。

ノクヴェル保管記録

本記録とともに提供された資料の中に、

事故現場を撮影した写真があります。

撮影時刻は、

午後11時52分。

事故発生から、

約14分後。

すでに救急車が到着し、

現場では救助活動が行われています。

写真には、

横転した乗用車。

救急隊員。

警察官。

最初の通報者。

そして、

道路脇に置かれた救急用の資機材が写っています。

67歳の男性は、

この時点ですでに現場を離れていました。

防犯カメラの映像からも、

それは確認されています。

つまり、

この写真に、

彼が写っている可能性はありません。

ところが、

写真を拡大すると、

横転した車の後方。

ガードレールの向こう側に、

人のようなものが写っています。

画像が暗く、

顔までは確認できません。

そのため、

ノクヴェルでは、

これを人物とは断定していません。

救急隊員。

警察官。

あるいは、

偶然人の形に見える影。

その可能性も十分にあります。

ただ、

写真を提供した人物は、

一つ気になることを書いていました。

事故現場にいた関係者へ、

この写真を見せたときのことです。

最初に119番通報した、

54歳の男性。

写真を見るなり、

ガードレールの向こうを指さしたそうです。

そして、

こう言いました。

「ああ、この人です」

資料提供者が、

「誰ですか」と尋ねると、

男性は答えました。

「最初からいた、三人目の人です」

しかし、

警察が特定した67歳の男性の写真を見せると、

通報者は首を振りました。

「この人じゃないですよ」

その後、

通報者は、

自分の記憶に自信がなくなったとして、

発言を撤回しています。

事故車に乗っていたのは、

二人。

運転手を救助したのは、

67歳の男性。

目撃証言にあった三人目も、

この男性だったと考えれば、

事故の経緯に矛盾はありません。

中心となる謎は、

すでに解決しています。

したがって、

本件はミステリー記録として、

ここで保管を終了します。

ただし、

事故現場の写真に写った影が、

誰だったのかについては、

現在も確認できていません。

ノクヴェル・アーカイブ File.012

「三人目」

――解決済・保管終了。

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