宅配便には、
配達できなかった荷物があります。
住所が分からない。
受取人がいない。
時間内に届けられない。
理由はさまざまです。
そして配達できなかった荷物は、
「未配達」として記録されます。
今回ノクヴェルに記録を送ってきたのは、
当時、宅配ドライバーとして働いていた、
33歳の男性です。
ある日の夜。
すべての配達を終えたはずの彼の業務端末に、
一件の表示が残りました。
「未配達 1件」
住所は、
いつも担当している住宅街。
しかし、
そこに家はありませんでした。
それでも端末は、
確かにその場所を示していました。
「配達先まで、あと0m」
以下は、
本人から送られてきた記録です。
ノクヴェル・アーカイブ ― File.015 ―
私は当時、
宅配会社でドライバーをしていました。
33歳。
勤務して7年目でした。
担当していたのは、
郊外の住宅街です。
同じ地域を何年も回っていたので、
大きなマンションや、
よく荷物が届く家なら、
住所を見ただけで場所が分かりました。
その日も、
いつもと変わらない勤務でした。
最後の荷物を届けたのは、
午後8時47分。
営業所へ戻ろうとして、
業務端末を確認しました。
そこで、
おかしな表示に気づきました。
未配達 1件
そんなはずはありません。
荷台は空でした。
端末の一覧を確認すると、
見覚えのない荷物番号が一件だけ残っています。
受取人は、
「高橋」。
住所は、
○○町2丁目14-9。
町名も、
2丁目も、
私の担当区域です。
でも、
その住所には覚えがありませんでした。
地図を開きました。
すると、
ナビには普通に目的地が表示されました。
現在地から約6分。
私は、
入力ミスか何かだと思いました。
営業所へ戻る前に、
確認だけしておこう。
そう考えて、
車を走らせました。
午後9時3分。
目的地へ着きました。
すぐに分かりました。
住所がおかしい。
道路の左側には、
14-7。
その隣が、
14-8。
そして、
その先は空き地です。
フェンスで囲まれた、
草の生えた土地。
家はありません。
表札も、
門も、
ポストもない。
私は端末を見ました。
○○町2丁目14-9
間違いなく、
その空き地を指しています。
画面には、
こう表示されていました。
「目的地に到着しました」

でも、
肝心の荷物がありません。
荷台をもう一度確認しました。
空です。
私は営業所へ電話しました。
担当者に荷物番号を伝えました。
少し待たされたあと、
「その番号、こっちのシステムには出てないよ」
と言われました。
端末の再起動を勧められました。
私は電話を切りました。
そのときです。
ピンポーン。
インターホンの音がしました。
空き地の方からです。
私は顔を上げました。
誰もいません。
もう一度。
ピンポーン。
道路沿いの家から聞こえているのかと思いました。
でも、
違いました。
確かに、
フェンスの向こう。
何もない空き地の奥から聞こえました。
私は車へ戻りました。
端末を見る。
画面が変わっていました。
「ご不在」
私は何も操作していません。
その下に、
赤い文字。
「持戻」
怖くなって、
そのまま営業所へ戻りました。
翌朝。
端末から、
14-9の記録は消えていました。
営業所のシステムにも、
前夜の配達記録はありませんでした。
端末の一時的な不具合。
それで終わるはずでした。
五日後。
また遅番でした。
午後8時55分。
最後の配達を終える。
端末を確認する。
未配達 1件
住所。
○○町2丁目14-9。
受取人。
高橋。
前回と同じです。
ただ、
今回は違いました。
荷物がありました。
荷台の一番奥。
小さな段ボール箱が、
一つだけ置かれていました。
私は、
その日何度も荷台を開けています。
こんな箱はありませんでした。
送り状を見る。
届け先は、
○○町2丁目14-9。
高橋。
そして、
依頼主。
そこには、
私の名前が印刷されていました。

住所も、
私の自宅。
私は自分で荷物を発送していません。
さらに、
受付日を見ました。
そこには、
翌日の日付が印刷されていました。
私はその荷物を届けませんでした。
営業所へ戻り、
責任者に見せました。
責任者も、
さすがに気味悪がっていました。
荷物番号を調べても、
登録がありません。
伝票だけではなく、
箱そのものにも、
どこから来たのか分かる情報はありませんでした。
翌朝。
責任者立ち会いのもとで、
箱を開けました。
中には、
何も入っていませんでした。
空箱です。
ただ、
底に一枚、
不在票が入っていました。
うちの会社のものです。
受取人欄には、
私の名前。
配達先は、
私の自宅ではありません。
○○町2丁目14-9。
不在票の担当者欄にも、
私の名字。
そして、
配達日時。
その日の午後9時3分。
まだ、
十時間以上先の時刻でした。
責任者は、
本社のシステム担当へ確認しました。
そこで、
奇妙な記録が見つかりました。
14-9という住所への配達履歴が、
過去にも残っていたんです。
七年前。
一件。
五年前。
二件。
三年前。
一件。
すべて、
夜間。
すべて、
未配達。
担当ドライバーは、
毎回違いました。
ただし、
一番古い七年前の記録だけ、
少し変でした。
午後9時11分。
配達先到着。
午後9時14分。
持戻。
午後9時16分。
再配達。
午後9時18分。
配達完了。
普通、
そんな処理はしません。
一度持ち戻した荷物を、
数分後に同じ場所へ再配達する。
しかも、
その担当ドライバーは、
その日の勤務を最後に、
会社を辞めていました。
私は、
当時を知っている社員に聞きました。
すると、
退職したというより、
翌日から来なくなった
のだと教えられました。
会社から何度電話しても出ない。
自宅にもいない。
家族からは、
本人が帰宅していないと聞かされた。
そのまま連絡が取れず、
後日、
退職扱いになった。
つまり、
七年前の担当者は、
最後の配達を終えたあと、
行方が分からなくなっていました。
私は、
14-9へ行くのが怖くなりました。
責任者にも相談し、
しばらく別の区域を担当させてもらいました。
それから約二週間。
何も起きませんでした。
そして、
元の区域へ戻った初日。
午後8時52分。
端末に表示されました。
未配達 1件
○○町2丁目14-9。
受取人は、
高橋ではありませんでした。
私の名前でした。
荷物は、
ありません。
その代わり、
端末に見たことのないボタンが表示されていました。
「再配達する」
私は押しませんでした。
営業所へ戻ろうとしました。
ところが、
ナビが勝手に起動しました。
画面には、
14-9までの経路。
音声案内まで始まりました。
私はナビを終了しました。
数秒後。
また起動する。
電源を切ろうとしても、
端末が反応しません。
そして、
画面の下に、
新しい表示が出ました。
「お客様がお待ちです」
私は端末を助手席へ置きました。
そのまま営業所へ戻るつもりでした。
でも、
気づいたときには、
14-8の前にいました。
どうやってそこまで運転したのか、
今でも分かりません。
時計は、
午後9時3分。
前回と同じ時刻でした。
道路の左。
14-7。
14-8。
そして、
その隣。
私は、
車を止めました。
空き地ではありませんでした。
家が建っていました。
二階建ての、
古い一軒家。
庭はない。
外灯もついていない。
窓も真っ暗。
フェンスも消えていました。
表札を見る。
14-9
間違いありません。
私は車から降りませんでした。
そのとき、
端末が鳴りました。
「目的地に到着しました」
玄関の横に、
宅配ボックスがありました。
ふたが、
少し開いています。
私は、
見てはいけないと思いました。
でも、
なぜか車を降りました。
宅配ボックスを開けました。
中には、
荷物が入っていました。
一個ではありません。
何十個も。
古い段ボール。
新しい段ボール。
破れた紙袋。
色の変わった送り状。
すべて、
うちの会社の荷物でした。
送り状を見る。
配達先は全部、
○○町2丁目14-9。
一番奥に、
比較的新しい箱がありました。
宛名を見て、
動けなくなりました。
私の名前。
送り主も、
私。
発送日は、
その日。
箱は、
テープで閉じられていませんでした。
私は、
ふたを開けました。
中に入っていたのは、
業務端末でした。
私が使っているものと、
同じ機種。
取り出して、
裏側を見る。
右下に、
小さな傷がありました。
私の端末にも、
同じ傷があります。
端末番号も確認しました。
同じ番号でした。
その瞬間。
手に持っていた自分の端末が、
音を鳴らしました。
画面を見る。
「配達完了」
私は、
完了操作なんてしていません。
続けて、
表示が変わりました。
未配達 0件
その直後。
背後で、
音がしました。
ガチャ。
家の玄関です。
鍵が開く音。
私は振り返りませんでした。
端末と箱を放り出し、
車へ走りました。
後ろから、
誰かが出てきた気配がしました。
足音はありません。
ただ、
玄関から、
声がしました。
男の声でした。
「荷物、忘れてますよ」
私は車に乗り、
そのまま営業所へ戻りました。
翌日。
責任者と警察にも相談しました。
数人で、
14-9を確認しに行きました。
そこにあったのは、
空き地でした。
家はありません。
宅配ボックスも、
荷物もない。
フェンスの向こうには、
草が生えているだけ。
私が現場に置いてきたはずの業務端末も、
見つかりませんでした。
ところが、
営業所へ戻ると、
私の端末がありました。
充電器に接続され、
いつもの保管場所に置かれていました。
誰が持ち帰ったのか、
分かりません。
端末を起動しました。
未配達は、
0件。
ただ、
前日の配達履歴に、
一件だけ記録が残っていました。
配達完了
○○町2丁目14-9
受取人。
私の名前。
そして、
受領方法。
そこには、
こう表示されていました。
「本人受取」
私は、
その月で会社を辞めました。
ノクヴェル保管記録
本記録を受け取ったのは、
投稿者が宅配会社を退職してから、
約8か月後です。
投稿者は現在、
配送業とは関係のない仕事に就いています。
退職後、
14-9に関係する現象は、
起きていないとのことです。
ノクヴェルでは、
投稿者から提供された情報をもとに、
該当住所について確認を行いました。
○○町2丁目14-9という住所は、
現在の住宅地図には存在しません。
14-8の隣は、
記録どおり空き地です。
しかし、
古い住宅地図を調査したところ、
一つだけ確認できたことがあります。
現在の空き地には、
かつて住宅が建っていました。
取り壊されたのは、
約18年前。
当時の住所は、
○○町2丁目14-9。
そこまでは、
不自然ではありません。
問題は、
その家の住人です。
最後に住んでいたのは、
一人暮らしの男性。
姓は、
高橋。
投稿者の端末に最初に表示された、
受取人と同じ名字です。
男性は、
自宅で死亡しているところを発見されています。
発見まで、
十日以上かかっていました。
近隣住民の証言によると、
死亡後も玄関前には、
宅配便の不在票が何枚か残されていたそうです。
ただし、
今回の現象との関連を示す記録はありません。
さらに、
七年前に行方不明となったドライバーについても、
現在まで所在は確認されていません。
ここで、
一つ不可解な点があります。
投稿者が退職したあと。
宅配会社のシステムから、
14-9への過去の配達履歴を再確認した社員がいました。
七年前。
五年前。
三年前。
そして、
投稿者が体験した今回の記録。
以前確認したときには、
すべて別々のドライバー名が登録されていました。
しかし、
再確認時。
担当者欄が、
すべて同じ名前に変更されていました。
七年前に行方不明となったドライバーの名前です。
さらに、
投稿者が最後に配達した記録だけ、
受取人欄も変更されていました。
投稿者の名前ではありません。
高橋でもありません。
そこには、
七年前に行方不明となった、
そのドライバーの名前が表示されていました。
受領方法は、
変わっていません。
「本人受取」
その後、
宅配会社側で該当記録は削除されています。
現在まで、
同住所への新たな配達記録は確認されていません。
ただし、
投稿者から記録が送られてきた際、
メールには一枚の画像が添付されていました。
本人には、
添付した覚えがないそうです。
画像は、
夜の住宅街を撮影したもの。
14-8の隣。
現在は空き地になっている場所に、
一軒の家が写っています。
玄関前には、
配送員らしき男性が一人。
顔は暗く、
確認できません。
その足元には、
段ボール箱が置かれています。
箱の送り状部分だけ、
拡大することができました。
受取人欄には、
こう記載されていました。
「次の担当者」
ノクヴェル・アーカイブ File.015
「未配達」
――保管終了。

