試着室

ホラー

試着室のカーテンが閉まっていたら、
普通は、誰かが使っていると思います。

だから、

声をかける。

返事がなければ、少し待つ。

それでも反応がなければ、
店員が確認するでしょう。

では、

閉店後。

客が全員帰ったことを確認したあとで、

試着室のカーテンが閉まっていたら。

その中から、

「すみません」

と聞こえたら。

今回ノクヴェルに記録を送ってきたのは、
ショッピングモール内のアパレルショップで働いていた、
24歳の女性です。

彼女が勤務していた店には、

三つの試着室がありました。

問題が起きたのは、

一番奥。

3番試着室。

最初は、
閉店後に女性の声が聞こえただけでした。

しかし、

やがてその試着室へ入った客が、
店から出てこなくなります。

以下は、

本人から送られてきた記録です。

ノクヴェル・アーカイブ ― File.014 ―

私は当時、

郊外のショッピングモールの2階にある、

レディース向けのアパレルショップで働いていました。

24歳でした。

勤務して3年目。

店の奥には、

三つの試着室がありました。

1番。

2番。

3番。

すべてカーテン式です。

閉店は午後9時。

閉店後は必ず、

試着室に客が残っていないか確認します。

最初に声を聞いたのは、

平日の夜でした。

午後9時18分。

客は全員退店。

入口のシャッターも、

半分ほど下ろしていました。

私はレジ締め。

もう一人のスタッフは、

売り場を整えていました。

そのときです。

店の奥から、

女性の声がしました。

「すみません」

小さな声でした。

私は、

客が残っていたのだと思いました。

試着室へ向かいました。

1番。

カーテンは開いている。

誰もいない。

2番も同じ。

3番だけ、

カーテンが閉まっていました。

「お客様?」

返事はありません。

「閉店のお時間を過ぎていますが、大丈夫でしょうか?」

反応なし。

カーテンの下を見る。

足はありません。

少し迷ってから、

カーテンを開けました。

誰もいませんでした。

ただ、

床に服が一着、

置かれていました。

白いワンピース。

うちの商品です。

ハンガーはなく、

誰かが脱いで、

そのまま床へ落としたような状態でした。

私は、

試着した客が置き忘れたのだと思いました。

翌朝、

ワンピースを売り場へ戻しました。

その日の夕方。

20代くらいの女性が、

そのワンピースを手に取りました。

試着を希望したので、

私は3番試着室へ案内しました。

数分後。

女性はカーテンを開け、

「これにします」

と言いました。

私は商品を受け取り、

レジで会計しました。

特に変わった様子はありませんでした。

ただ、

前日のことがあったので、

そのワンピースを買っていったことだけは、

よく覚えています。

そして、

その日の閉店後。

午後9時21分。

また聞こえました。

「すみません」

3番試着室。

カーテンが閉まっている。

開ける。

誰もいない。

今度は、

黒いカーディガンが床に置かれていました。

翌日。

そのカーディガンも、

別の女性客が購入しました。

それから、

同じことが続きました。

毎日ではありません。

二日空くこともあれば、

三日続くこともありました。

閉店後。

誰もいない3番試着室。

女性の声。

「すみません」

そして、

床に残された商品。

スカート。

ブラウス。

コート。

ニット。

不思議なのは、

その商品が必ず、

翌日か翌々日に売れることでした。

スタッフ同士では、

「売れる試着室」

なんて冗談まで言っていました。

でも、

笑えなくなったのは、

最初のワンピースが売れてから、

二週間ほど経った頃です。

店に電話がありました。

私が出ました。

年配の女性でした。

「先週、娘がそちらのお店に行っていませんか?」

名前を聞き、

購入履歴を確認しました。

白いワンピースを買った、

あの女性でした。

「購入されています」

そう答えると、

電話の向こうが静かになりました。

数秒して、

女性が言いました。

「その日から、帰ってきていないんです」

警察にも、

行方不明届を出しているとのことでした。

私はすぐに店長へ報告しました。

モール側にも連絡し、

防犯カメラを確認することになりました。

女性が来店したのは、

午後6時43分。

売り場を歩き、

白いワンピースを手に取る。

午後6時51分。

私が、

女性を3番試着室へ案内しています。

女性がカーテンの中へ入る。

ここまでは、

私の記憶と一致していました。

ところが、

午後6時56分。

3番試着室のカーテンが、

ゆっくり開きました。

誰も出てきません。

ただ、

カーテンだけが開く。

私は映像を止めてもらいました。

「ここです」

私は言いました。

「このあと、この人が出てきました」

でも、

映っていません。

約2分後。

画面の中の私は、

一人で3番試着室へ近づきました。

そして、

誰もいない試着室から、

白いワンピースを受け取るように、

両手を前へ出しました。

私は覚えています。

女性が、

「これにします」

と言った。

私は本人から、

服を受け取った。

間違いありません。

しかし、

映像には、

私しかいませんでした。

その後、

私はレジへ移動します。

誰もいない場所へ向かって話している。

何度かうなずく。

カードを受け取るように、

手を伸ばす。

会計をする。

袋に、

白いワンピースを入れる。

そして、

「ありがとうございました」

と頭を下げる。

私は袋を、

レジ台の向こう側へ差し出しました。

数秒後。

置かれていた袋が、

画面の端へ、

ゆっくり動きました。

誰も持っていません。

そのまま、

カメラの死角へ消えました。

警察にも、

映像は提出されました。

ただ、

モールには複数の出入口があり、

防犯カメラにも死角があります。

映像だけで、

女性が店内から消えたと断定することはできなかったそうです。

それでも、

私は分かっていました。

あの女性は、

3番試着室から出てきていない。

店長の判断で、

3番試着室は使用禁止になりました。

カーテンの前には、

使用禁止の札を置きました。

それから一週間。

何も起こりませんでした。

声も聞こえない。

服も置かれない。

私は、

少し安心していました。

一週間後。

私は遅番でした。

午後9時26分。

店内には、

私ともう一人のスタッフだけ。

そのスタッフは、

バックヤードにいました。

私は、

一人で売り場を片付けていました。

そのとき。

「すみません」

聞こえました。

3番試着室。

使用禁止の札は、

そのままです。

なのに、

カーテンが閉まっていました。

私は、

近づきませんでした。

すると、

もう一度。

「すみません」

前より、

はっきりしています。

私は離れた場所から、

「どなたですか?」

と聞きました。

しばらく、

返事はありませんでした。

そして、

初めて、

違う言葉が返ってきました。

「これ、似合いますか?」

私は、

カーテンを見ました。

下に、

足がありました。

裸足。

白い足。

確かに、

誰かが立っています。

でも、

何かがおかしい。

よく見ると、

こちら側に見えているのは、

つま先ではありませんでした。

かかとでした。

身体は、

試着室の奥を向いている。

なのに、

声だけが、

私に話しかけている。

「見てください」

私は答えませんでした。

カーテンが、

数センチだけ開きました。

中は暗い。

隙間から、

女性の手が出てきました。

細い指が、

カーテンをつかんでいる。

でも、

手の甲の向きが、

おかしい。

私は、

後ずさりました。

すると、

女が言いました。

「じゃあ、代わってください」

私は、

バックヤードへ走りました。

警備員と店長が来て、

3番試着室を確認しました。

誰もいませんでした。

床にも、

商品はありません。

ただ、

一本だけ、

ハンガーが掛かっていました。

空のハンガー。

私はその日、

警備員と一緒に店を出ました。

翌朝。

店長から電話がありました。

「昨日、何着て帰った?」

意味が分かりませんでした。

「服」

そう言われて、

私は答えました。

黒いジャケット。

白いシャツ。

デニム。

全部、

自分の私服です。

店へ来てほしいと言われました。

3番試着室。

床に、

三着の服が置かれていました。

黒いジャケット。

白いシャツ。

デニム。

私が昨日、

着て帰った服でした。

その日も、

私は同じ服を着ていました。

店に置かれているものと、

自分が着ているもの。

二着ある。

そういうことではありません。

ジャケットの左袖には、

以前バッグの金具に引っかけてできた、

小さな傷があります。

床にあるジャケットにも、

まったく同じ傷がありました。

防犯カメラを確認しました。

午前2時14分。

閉店した店内。

照明は落ちています。

誰もいない。

3番試着室のカーテンが、

ゆっくり開きました。

そこから、

女性が出てきました。

私でした。

昨日と同じ服。

同じ髪型。

同じ顔。

画面の私は、

暗い売り場を歩きました。

レジの前で止まる。

それから、

防犯カメラを見上げました。

無表情でした。

怒っているわけでも、笑っているわけでもありません。

ただ、カメラの向こうにいる誰かを見ているように、

じっとこちらを見つめていました。

まばたきもしません。

そのまま、

しばらく動きませんでした。

やがて、

画面の私はゆっくり顔を戻しました。

そして、

3番試着室へ戻りました。

カーテンを閉めました。

その後、

出てきませんでした。

私は、

その日から仕事を休みました。

数日後、

退職しました。

あの店には、

二度と行っていません。

退職する前。

店長から、

最後に聞いたことがあります。

3番試着室に置かれていた私の服は、

その日の午後には、

なくなっていたそうです。

誰も片付けていない。

防犯カメラにも、

持ち出す人は映っていない。

ただ、

翌日の午前2時14分。

3番試着室のカーテンだけが、

一度、

ゆっくり閉じました。

中には、

誰もいなかったそうです。

ノクヴェル保管記録

本記録を受け取ったのは、

投稿者が店舗を退職してから、

約4か月後です。

投稿者は現在、

別の職場で勤務しています。

退職後、

同様の現象は起きていません。

また、

最初に白いワンピースを購入した女性についても、

現在まで所在は確認されていないとのことです。

ノクヴェルでは、

投稿者を通じ、

当時の店舗について追加確認を行いました。

そこで、

一つの記録が見つかりました。

現在の店舗が入る以前。

同じ区画には、

別のアパレルショップが入っていました。

約9年前。

その店でも、

女性客が一人、

行方不明になっています。

当時19歳。

友人と二人で来店。

女性は服を持って、

一番奥の試着室へ入りました。

友人は、

カーテンの外で待っていました。

10分。

20分。

30分。

遅いと思い、

店員と一緒にカーテンを開けました。

中には、

誰もいませんでした。

試着室には、

窓も裏口もありません。

床には、

女性が着ていた服だけが、

残されていました。

その女性も、

現在まで発見されていません。

ただし、

9年前の店舗と現在の店舗では、

内装が全面的に変更されています。

現在の3番試着室と、

当時の試着室が、

完全に同じ位置だったわけではありません。

それでも、

二つの出来事には、

共通点があります。

一番奥の試着室。

消えた女性。

床に残された服。

そして、

もう一つ。

9年前。

女性が消える直前。

外で待っていた友人は、

カーテンの向こうから、

会話を聞いていました。

試着中の女性。

そして、

もう一人。

知らない女性の声。

友人は、

店員が中にいるのだと思ったそうです。

会話の最後だけを、

はっきり覚えていました。

知らない女性が、

こう尋ねます。

「似合いますか?」

19歳の女性が、

笑いながら答えました。

「私より似合ってます」

その直後。

知らない女性が、

こう言いました。

「じゃあ、代わってください」

現在の事例との関連は、

確認できていません。

その後、

店舗側は3番試着室を撤去しました。

撤去工事の際、

壁の裏から、

古いハンガーが一本、

見つかっています。

衣類は掛かっていませんでした。

代わりに、

古い値札が一枚、

糸で結びつけられていました。

ブランド名。

サイズ。

価格。

すべて空白。

商品名の欄にだけ、

手書きの文字が残っていました。

「試着中」

誰が書いたものなのかは、

分かっていません。

3番試着室の撤去後、

同区画で同様の失踪は、

現在まで確認されていません。

ノクヴェル・アーカイブ File.014

「試着室」

――保管終了。

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