頼んだ覚えのない荷物が、届いたことはありますか。
宛先を間違えたのかもしれない。
誰かからの贈り物かもしれない。
そう考えれば、それほど不思議なことではありません。
では――
荷物が届くたび、配達完了の写真に「あなた」が写っていたら?
今回ノクヴェルに保管するのは、
毎晩同じ時刻に届いた「お届け済み」の通知に関する記録です。
ノクヴェル・アーカイブ ― File.005 ―
午後11時18分。
スマートフォンに通知が届いた。
「商品をお届けしました。」
私はベッドの上で、その文字をしばらく眺めていた。
何も注文した覚えがなかった。
通販サイトを開く。
注文履歴には何もない。
通知をもう一度確認すると、配達完了を知らせる画面に一枚の写真が添付されていた。
玄関前に置かれた、小さな段ボール箱。
見覚えのある黒いドア。
右下にある傷。
銀色のドアノブ。
間違いない。
私の部屋の玄関だった。

私は一人暮らしをしている。
住んでいるのは、オートロック付きマンションの5階だ。
玄関へ向かい、ドアスコープを覗いた。
誰もいない。
チェーンを掛けたまま、少しだけドアを開ける。
廊下にも人はいなかった。
足元を見る。
荷物もない。
私はドアを閉めた。
誰かが部屋を間違えたのだろう。
そう思うことにした。
翌日の午後11時18分。
また通知が届いた。
「商品をお届けしました。」
昨日と同じ時刻だった。
今度はすぐに写真を開いた。
私の玄関。
そして、段ボール箱。
だが昨日の写真とは違っていた。
玄関のドアが、少し開いている。
その隙間から誰かが顔を出していた。

私だった。
昨夜、チェーンを掛けたまま外を確認したときの私。
服も同じだった。
手の位置まで覚えている。
私はスマートフォンを持っていなかった。
つまり、その写真は――
廊下側から撮られている。
背中が冷たくなった。
昨夜、廊下には誰もいなかった。
少なくとも、私には見えなかった。
写真を拡大した。
画面右端。
エレベーターへ続く廊下の暗がりに、何かが写っている。
人のようにも見える。
だが、輪郭がぼやけていて分からない。
私はすぐに管理会社へ連絡した。
事情を説明し、防犯カメラを確認してもらった。
翌朝、管理会社から電話が来た。
昨夜11時18分。
私の階でエレベーターを降りた人間はいない。
非常階段の扉も開いていない。
そして――
私の部屋の前には、誰も来ていなかった。
その日の夜。
私は玄関から離れたリビングで待った。
時計が午後11時17分を表示している。
テレビは消した。
カーテンも閉めた。
玄関の鍵とチェーンも確認した。
11時18分。
通知音。
身体が固まった。
「商品をお届けしました。」
三度目だった。
私は通知を開いた。
写真を見た瞬間、
息が止まった。
玄関ではなかった。
リビングだった。
私が今いる部屋。
ソファ。
ローテーブル。
消したテレビ。
閉じたカーテン。
そして中央には、
スマートフォンを持って座っている私が写っていた。
写真は、
リビングの入口付近から撮影されている。
私はゆっくり顔を上げた。
入口には誰もいない。
もう一度、写真を見る。
そこで気づいた。
写真の中の私は、
スマートフォンを見ていなかった。
こちらを見ていた。
正確には――
写真を撮っている何かを見ていた。
現実の私は、そんな方向を見ていない。
その瞬間。
玄関から音がした。
コトン。
何かを床に置いたような音だった。
私は動けなかった。
数秒待った。
もう音はしない。
玄関へ向かう。
ドアスコープを覗いた。
誰もいない。
チェーンを掛けたままドアを開ける。
足元に、
小さな段ボール箱が置かれていた。
写真に写っていた箱だった。
宛名には私の名前。
住所も正しい。
送り主の欄には何も書かれていない。
私は箱に触れず、その場で警察へ電話した。
事情を説明すると、
「中身には触れないでください」
と言われた。
警察官が来るまで、私は玄関から離れて待つことにした。
そのとき。
箱の中から音がした。
ブッ。
短い振動音。
スマートフォンのバイブレーションに似ていた。
もう一度。
ブッ。
箱の中で何かが震えている。
私は触れなかった。
警察が来るまで待てばいい。
そう思った。
だが――
今度は私のスマートフォンが鳴った。
通知だった。
「商品をお届けしました。」
四度目。
写真が一枚添付されている。
私は開いた。
写っていたのは、
玄関の内側。
そこに立つ私。
そしてドアの向こうに置かれた段ボール箱。
撮影位置は、
私の背後だった。
反射的に振り返った。
誰もいない。
もう一度、画面を見る。
写真が変わっていた。
同じ玄関。
同じ私。
ただし、
さっきより撮影位置が近い。
数歩分。
私との距離が縮まっている。
画面が更新された。
さらに近い。
また更新される。
さらに近い。
私は玄関から離れた。
だが写真の中の「何か」は止まらなかった。
一枚。
また一枚。
撮影位置だけが、
私の背後へ近づいてくる。
そして最後の写真。
画面いっぱいに、
私の後頭部が写っていた。
その瞬間。
箱の中から、
カシャッ。
シャッター音がした。
気がつくと、
朝だった。
私は玄関の床に倒れていた。
警察官はいなかった。
段ボール箱も消えていた。
昨夜かけたはずの通話履歴を確認した。
警察への発信記録はない。
通知履歴もない。
配達写真も、
すべて消えていた。
夢だったのかもしれない。
そう考えた。
それから一週間、
何も起きなかった。
そして今日。
仕事から帰る途中、
通販サイトからメールが届いた。
「ご利用ありがとうございました。」
続けて、
「配達が完了しました。」
私は立ち止まった。
注文履歴を開く。
そこには一件だけ、
見覚えのない注文が残っていた。
商品名は表示されていない。
配送先も、
私の住所ではなかった。
知らない町。
知らないマンション。
知らない部屋番号。
配達完了の写真が一枚添付されていた。
玄関前に、
あの段ボール箱が置かれている。
写真の端に、
配達員らしき人物の腕が写っていた。
私は画面を拡大した。
腕。
手。
指。
そして、
手首にある小さな傷。
見間違えるはずがない。
私の手だった。

写真の下には、
こう表示されていた。
配達担当者:あなた
私は立ち尽くした。
その直後。
新しい通知が届いた。
「次のお届け先があります。」
画面には、
新しい住所が表示されていた。
その下に小さく、
到着予定時刻が記されている。
午後11時18分。
そして、そのさらに下。
見覚えのない項目が追加されていた。
荷物の受取人:1名
私は画面を閉じようとした。
閉じられない。
代わりに表示されたのは、
配達完了までの残り時間だった。
その数字が、
一秒ずつ減っていく。
私はようやく理解した。
あの箱は、
私のところへ届いたのではない。
私を届けに来たのだ。
ノクヴェル保管記録
差出人:匿名
件名:お届け済み
「私は配達の仕事をしたことがありません。
それなのに、今も毎晩11時18分になると、知らない住所が一件ずつ追加されます。
行った覚えはありません。
でも翌朝には、必ず『お届け済み』になっています。」
この記録とともに、複数の配達完了画面のスクリーンショットがノクヴェルへ送付されました。
画像に記録されていた住所について確認したところ、
いずれも実在する集合住宅でした。
ただし、
一点だけ共通する情報があります。
記録に残された部屋の住人は全員、
荷物を受け取った翌日から、所在が確認されていません。
最後に送られてきたスクリーンショットには、
次の配達先が表示されていました。
住所欄だけは、
黒く塗りつぶされていました。
その下には、
「配達中」
と表示されています。
そして、
その記録を最後に、
差出人からの連絡は途絶えています。
